「デジタル教科書」とは、紙の教科書と同じ内容をタブレットやパソコンで利用できるようデジタル化した教材を指し、デジタル教科書が教育現場にもたらす変化は、単なる「教材のデジタル化」以上の価値があります。
2024年度から段階的な導入がスタートし、デジタル教科書の普及は新たな段階に入りました。さらに2025年9月には、2030年度からの正式な教科書化も決定され、教育のデジタル化が加速しています。
本記事では、デジタル教科書の導入実態や普及状況、科目別の活用方法、そして正式化に向けた今後の展望について詳しく解説します。デジタル教科書が教育現場にどのような影響を与え、今後どのように進化していくのか、その全貌を明らかにしますので、最後までお付き合いいただけますと幸いです。
目次
「デジタル教科書」とは、紙の教科書と同じ内容をタブレットやパソコンで利用できるようデジタル化した教材のことです。拡大機能や音声読み上げ、書き込み機能など、紙の教科書にはない様々な機能を備えており、一人ひとりの学習スタイルに合わせた学びを実現します。
日本では、文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」のもと、2021年末までに小中学校の児童生徒1人につき1台の学習用端末と高速通信ネットワークの整備が完了しました。この1人1台端末という環境が整ったことで、デジタル教科書を本格的に活用できる準備が整ったのです。
2024年度には、いよいよデジタル教科書の段階的な導入がスタートしました。まず小学校5年生から中学校3年生を対象に、英語と算数・数学で導入が始まり、実証段階から実際の活用へと移行しています。さらに2025年9月には、2030年度からデジタル教科書を紙の教科書と同様に「正式な教科書」として位置づけることが決定されました。
明治時代の学制発布以来、150年以上にわたって紙が主流だった教科書は、今まさに歴史的な転換期を迎えています。
>参考: GIGAスクール構想の実現 【文部科学省公式サイト】
なぜデジタル教科書が導入されるようになったのでしょうか?そしてどの科目に、いつから導入されるのでしょうか?導入の背景や時期、科目別の計画について解説します。
デジタル教科書が導入される背景には、パソコンやタブレットなどのICTが一般的に普及しているという社会事情があります。教育の現場でも同様に、ICTを活用した取り組みや学習環境が当たり前のものになりつつあるのです。
またデジタル教科書を取り入れることで、ICT教育の発展に加えて、2020年度から学習指導要領が推進している「主体的・対話的な学び」を促すという目的があります。従来の紙の教科書では利用できなかった拡大機能などを活用できるので、児童生徒の興味関心を惹きやすくなり、より主体的に学習に取り組むことが期待されています。
その他にも、各児童生徒に最適な学びを提供したり、学習内容のより深い理解を促したりするのに有効であると見込まれています。空間や距離を超えて共通の話題をシェアすることもできるなどの新しい学び方も登場しており、対応できるプラットフォームとしてデジタル教科書の導入が進んでいるのです。
2024年度から段階的な導入が始まり、先行導入された科目は「英語」です。対象となる学年は小学校5年生から中学3年生で、デジタル教材と併用することで、より効果的に学べる環境が整いました。
具体的には、デジタル教材を通した英単語のネイティブの発音確認や、朗読ツールを活用した学習方法などがあり、英文読解や音読活動への苦手意識の克服につながっています。
また授業時間数が多く、教育現場での需要も高い「算数・数学」でも導入が進んでおり、今後は他の科目への展開も予定されています。2030年度の正式な教科書化に向けて、段階的に対象科目を拡大していく方針です。
デジタル教科書は現在どの程度普及しているのでしょうか?最新の状況についてみていきましょう。
文部科学省が2024年10月に発表した調査結果によると、令和6年3月1日時点の学習者用デジタル教科書整備率は88.2%に達しています。前年度の87.9%から微増となっており、導入に向けた準備が着実に進められてきたことがわかります。
学校種別で見ると、小学校と中学校では99.8%とほぼ全ての学校で整備されている一方、高等学校では11.5%、特別支援学校では37.8%にとどまっており、学校種による差が顕著です。
指導者用デジタル教科書の整備率は89.6%となっており、教員による授業での活用環境も整いつつあります。小学校では96.1%、中学校では96.7%と高い水準にありますが、高等学校では53.4%と、学習者用と同様に課題が残されています。
>参考: 文部科学省「令和5年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果(概報)」
教師と生徒のICT利用状況についても、ICT環境の充実が進んでいます。令和6年3月1日時点で、児童生徒1人あたりの学習者用コンピュータ台数は1.1台となり、1人1台環境がほぼ実現しています。普通教室の無線LAN整備率も98.3%に達し、ネットワーク環境も整ってきました。
しかし、実際の活用状況には課題も見られます。調査によると、デジタル教科書を使っている学校の教員のうち、毎回の授業で使用している教員は23%にとどまっており、使用頻度が4回に1回未満という教員も36%に上ります。整備は進んだものの、日常的な活用にはまだ時間を要する状況です。
都道府県別で見ると、最も高い佐賀県の97.6%と最も低い秋田県の82.9%では約15ポイントの差があり、地域による格差は依然として存在しています。
一方で教員のICT活用指導力は向上しており、「教材研究や指導の準備にICTを活用する能力」では89.6%の教員が「できる」と回答するなど、スキルアップが着実に進んでいます。
デジタル教科書は、「個別・グループ・一斉」学習など、さまざまな授業形態に合わせて活用できる上、特別な支援を必要とする児童・生徒が、学習上の困難を軽減させる役割も果たします。
紙の教科書では利用できなかった機能を活用することで、児童生徒の学習理解をサポートできる点が大きなメリットです。以下では科目別に、デジタル教科書の機能別の特徴や活用法を紹介します。
【国語】
教科書の漢字に「ルビ」をふることができる機能を活用して、漢字が苦手な児童生徒の学習をサポートします。書き込み機能では、教科書に直接マーカーを引いたり、メモをとったりしながら学習することが可能です。簡単に削除・保存ができるため、失敗を恐れず積極的にアウトプットすることにつながります。
【英語】
学習用デジタル教材に搭載された「朗読機能」を併用することで、ネイティブスピーカーによる自然な発音をいつでも聴くことができます。自分自身のペースで繰り返し練習できるのが特長です。
【算数・数学】
教科書の内容に連動したドリル機能を活用し、回答から答え合わせまでを自分1人で完結できます。個々の習得度に応じた効率的な学習が可能です。
【社会】
「拡大機能」を活用することで、地図などの詳細な情報や細かい地名を鮮明に確認することができます。
【理科】
観察が難しい生物や現象を「動画や写真」で閲覧することで、視覚的な理解を深め、児童生徒の興味関心を引き出します。
【家庭科】
調理用具の使い方などの「解説動画」を視聴することで、実習前の具体的なイメージを構築し、より深い理解を促します。
また、これらを併用することで、個々の考えを比較する対話的な学びが実現するほか、書き込んだ内容を共有して議論するなど、多角的な理解が可能になります。
デジタル教科書は、障害のある児童生徒や外国人児童生徒などを含む、特別な配慮が必要な児童生徒への教育や、特別支援学級での学びにも役立ちます。
例えば、視覚に問題のある児童生徒が利用していた拡大教科書の課題(図表の文字サイズ不足など)も、デジタル教科書の利用で解決できます。具体的には以下のような活用事例があります。
改めて、デジタル教科書を活用することで得られる教育効果について、「個別最適化学習への寄与」「協働学習の促進」の2点から確認しましょう。
デジタル教科書を活用した教育効果には、「個別最適化学習への寄与」があります。
「個別最適化学習」とは、GIGAスクール構想の核となるコンセプトです。教員が最適な学習機会を提供する「学習の個性化」と、生徒の状況に合わせる「指導の個別化」を軸に、一人ひとりを尊重する環境を指します。具体的には以下のポイントが挙げられます。
また、デジタル教科書の活用により、比較的低コストで多様な選択肢を児童生徒に提供できるようになるため、より良い学習環境の構築が期待されています。
>参考: 個別最適な学びと協働的な学びの一体的な充実に向けた教科書・教材・ソフトウェアの在り方について(案)
>参考: 先端教育 学習者用デジタル教科書が実現する個別最適化学習
一方デジタル教科書の活用は「協働学習の促進」にも役立ちます。
「協働学習」とは、他者との関係において互いに個性を認め、連携しながら主体的に学ぶことです。多様な考え方を認めた上で、それぞれの立場で意見を発表・議論することを指します。
デジタル教科書の本格導入は、長年にわたる検証を経て実現しました。文部科学省では2021年度から実証実験を開始し、その後全小中学校での事業へと拡大してきました。こうした成果を踏まえ、2024年度からは小学校5年生から中学校3年生の英語と算数・数学において、試験的な導入がスタートしています。
先行導入された英語では、音声や動画といったデジタルならではの機能が学習効果を高めやすいと判断されました。従来の紙では難しかった「正しい発音を何度でも聴く」といった学習が容易になり、音読活動への苦手意識を軽減する効果も見られています。算数・数学でも、ドリル機能による効率的な習得が進んでいます。
しかし、現時点では完全なデジタル化には至っていません。当面は紙とデジタルの併用が続く見通しです。導入コストや新しい環境への適応時間に加え、端末の不具合や心身への影響など、解決すべき課題も多く残されており、文部科学省は効果検証を並行して進めています。
2024年度からの段階的導入は、さらに大きな節目を迎えました。2025年9月、中央教育審議会の部会は、デジタル教科書を正式な教科書として位置づけ、2030年度から導入するとした答申まとめ案を了承しました。これにより、デジタル教科書は紙の教科書と同様に、国が費用を負担する無償配布の対象となります。
制度面でも大きな変化が加わります。これまではリンク先のコンテンツの質が保証されないという課題がありましたが、2030年度からはQRコードのリンク先も教科書検定の範囲に含まれることになり、信頼性の高いコンテンツが提供されます。教育委員会は「紙のみ」「完全デジタル」「ハイブリッド」の3つの形態から選択できる仕組みが検討されています。
文部科学省は2026年度までに必要な法改正を行う方針で、2030年度の正式導入に向けた制度整備を加速させています。
デジタル教科書の普及により、関連市場も大きく動いています。調査によると、2030年度にはデジタル教科書の国内市場が500億円、教育DX/ICT関連市場は3,644億円に達すると予測されており、民間企業にとっても新たなビジネスチャンスが生まれています。
教育現場では、教科書の重さによる身体的負担の軽減という具体的なメリットが現れています。また、2024年度を目途に全国学力テストのCBT化(Computer Based Testing)も推進されています。CBTとは、コンピュータ上で問題を解き、採点や分析を自動化できる方式のことです。
これにより、児童生徒のつまずきの把握が容易になるほか、教員の採点業務などの効率化も期待されています。今後は入学試験や定期試験などでもCBT化が広がると予測されています。
>参考: 株式会社富士キメラ総研「教育DX/ICTソリューション市場調査 2023」
デジタル教科書の導入が進む中で、教員のICT活用能力についても変化が見られます。現状と今後の展望を見ていきましょう。
「指導者用デジタル教科書」は教員向けの提示型教材であり、プロジェクター等での活用が前提です。解説動画や充実したコンテンツにより授業をサポートします。こうしたツールの導入にあたり課題とされていた教員のスキルですが、最新の調査では昨年度と比較して全ての評価項目が向上していることが明らかになりました。
実態調査によると、小中学校の教員の6割以上が「4回に1回以上の頻度でデジタル教科書を使用」しており、「毎授業で使用する」教員も前年度から8.6ポイント増加しています。スキル向上とともに、現場への浸透が着実に進んでいる証といえるでしょう。
デジタル教科書を効果的に活用することで、学習環境の向上だけでなく、教師の負担軽減という大きな効果が得られます。
拡大機能や音声読み上げなどの多才な機能により、一人ひとりに合わせた学習を実現しています。視覚に配慮が必要な生徒はサイズを調整し、読みのスピードに不安がある生徒は音声を活用するなど、自分自身のペースで理解を深めることが可能です。
また指導面においても、資料作成機能などを活用すれば、準備にかかる時間を大幅に削減できます。効率化によって生まれた時間を児童生徒と向き合うために使うことで、教育現場全体の質の向上が期待できるでしょう。
デジタル教科書の普及は、教育分野以外にとっても注視すべき動きです。デジタル化の波は、これまでの教育と接点のなかった業界にも新たな販路を開く可能性を秘めています。ビジネスにおけるデジタル活用のヒントを見出すためにも、教育現場のICT化から目を離さないことが重要です。
デジタル教科書がどのように進化し、教育とビジネスの双方にどのような影響をもたらすのか、引き続き注視していく必要があるでしょう。
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